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大阪高等裁判所 昭和49年(ネ)1801号 判決

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し金一五七万〇、一四五円を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

本件附帯控訴を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じてこれを五分し、その一を控訴人の負担とし、その余は被控訴人の負担とする。

この判決は、被控訴人勝訴の部分にかぎり、仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は、「原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。同部分につき被控訴人の請求を棄却する。本件附帯控訴を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。原判決中、控訴人に対して金員の支払を命じた部分を以下のとおり変更する。控訴人は被控訴人に対し、一カ月につき、昭和三二年八月一日から昭和四三年一月末日まで金一万〇、二四二円、昭和四三年二月一日から同年三月末日まで金九万三、七一六円、昭和四三年四月一日から昭和四四年三月末日まで金九万四、八〇九円、昭和四四年四月一日から昭和四五年三月末日まで金一〇万〇、九七五円、昭和四五年四月一日から昭和四六年三月末日まで金一一万一、八八八円、昭和四六年四月一日から昭和四七年三月末日まで金一二万一、三〇八円、昭和四七年四月一日から昭和四八年三月末日まで金一三万四、四九三円、昭和四八年四月一日から昭和四九年三月末日まで金一五万六、二六四円、昭和四九年四月一日から昭和五〇年三月末日まで金一八万四、三一八円、昭和五〇年四月一日から原判決主文第一項の建物収去土地明渡完了まで金二〇万三、五一一円の各金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張ならびに証拠関係は、左記のとおり付加するほか、原判決の事実摘示と同じ(ただし、原判決三枚目裏二行目から三行目にかけて「三、四五〇円(三・三

m2一五、四六円)」とあるのを「三、五四二円」と、同六枚目表末行の「昭和四六年」を「昭和四七年」と、同裏一〇行目の「被告の解除権は」を「原告は」と、同一二枚目裏一一行目の「佃順太郎」を「尾崎康久」と、同裏末行の「成立を認め、」を「成立は不知、」と、同一三枚目表一行目の「不知。」を「認める。」と、それぞれ訂正する。)であるから、これをここに引用する。

一  当事者の主張

(一)  被控訴人

1  本件土地(原判決別紙第一目録記載(一)ないし(四)の土地)の賃料が一カ月金三、五四二円に改訂された時期は昭和二六年一〇月であり、この金額は当時としては適正であつたが、その後、公租公課の増徴、地価の高騰、比隣の地代の上昇等、経済的事情の変動により不相当に低額となつたことが昭和三二年七月三〇日の増額請求の理由である。なお、本件土地賃料が従前から安かつたとの原審における主張は、右増額請求時以前にすでに低額に帰していたことを意味するものである。

2  昭和四三年一月末日の本件土地賃貸借契約解除についての解除原因は、ただ単に控訴人に賃料債務の不履行があつたというだけではなく、原判決事実摘示にかかる請求原因第三、第四項記載のような背信行為が控訴人にあつたことによるものである。従つて、右解除原因が昭和三二年八月末日に生じたことを前提とする控訴人の消滅時効の主張は失当である。

3  本件土地の賃料相当損害金は、同土地を新たに第三者に賃貸する場合の適正賃料の額によるべきである。そして、その金額は、少なくとも一カ月あたり、昭和四三年二月一日から同年三月末日まで金九万三、七一六円、昭和四三年四月一日から昭和四四年三月末日まで金九万四、八〇九円、昭和四四年四月一日から昭和四五年三月末日まで金一〇万〇、九七五円、昭和四五年四月一日から昭和四六年三月末日まで金一一万一、八八八円、昭和四六年四月一日から昭和四七年三月末日まで金一二万一、三〇八円、昭和四七年四月一日から昭和四八年三月末日まで金一三万四、四九三円、昭和四八年四月一日から昭和四九年三月末日まで金一五万六、二六四円、昭和四九年四月一日から昭和五〇年三月末日まで金一八万四、三一八円、昭和五〇年四月一日以降金二〇万三、五一一円がそれぞれ相当である。そこで、附帯控訴に基づき、原判決が控訴人に対して支払を命じた賃料相当損害金の額を右の割合による各金額に変更することを求める。

(二)  控訴人

1  被控訴人の右1ないし3の主張のうち、本件土地賃料が昭和二六年一〇月以降一カ月金三、五四二円であり、改訂当時その金額が適正な額であつたことは認めるが、その余は争う。

2  本件土地賃貸借は賃貸用木造建物の所有を目的とするものであるところ、同地上に現存する控訴人所有の建物はすでに相当程度老朽化しているうえ、家賃の改訂も思うにまかせず、また借家法上の制限により建物賃借人に対し立退きを求めることもできない。従つて、本件土地の利用は契約上、法律上極めて限定、制約されているのであつて、その収益性は非常に低いものである。しかも、本件土地はもともと下町的、庶民的住宅地であり、世にいう高級住宅地ではないのであり、これらの事情は相当賃料額の算定にあたり当然斟酌されなければならない。

3  被控訴人はみずからの怠慢により適宜増額請求することなく六年間にもわたり本件土地賃料をそのまま放置し、一挙に三倍にのぼる増額を求めて右怠慢の結果を控訴人にしわ寄せしようとしたうえ、控訴人がこれに応じないことに籍口して、すでに老境にあり、身体も弱い控訴人からその生活の手段をも奪おうとする右土地賃貸借契約解除の意思表示をしたものであり、右解除権の行使は、信義則に反し、権利の濫用というべきである。なお、控訴人は、被控訴人が右解除を主張して本訴を提起し、賃料の受領を拒否しているにもかかわらず、適宜増額しつつ右賃料の供託を続けているのであつて、控訴人側に信義則違反の点はない。

二  証拠関係(省略)

理由

一  賃料支払期の点を除き、原判決事実摘示にかかる請求原因第一項の事実、および昭和三二年七月当時本件土地賃料が月額三、五四二円であつたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第三号証の一、二によると、右支払期については毎月末日かぎりその月分を支払うとの約定があつたことが明らかである。なお、弁論の全趣旨によれば、本件土地賃料としては、従前から原判決別紙第一目録記載(一)ないし(三)の土地に関する分と同目録記載(四)の土地に関する分とを一括した金額が定められ、両者を区別せず一括して授受されていた事実がうかがえるので、昭和三二年七月当時、控訴人、被控訴人間には本件土地全部についての一個の賃貸借が存在したにすぎないと解するのが相当である。

二  被控訴人が控訴人に対し、昭和三二年七月三〇日到達の内容証明郵便により同年八月分以降の賃料につき増額請求の意思表示をしたことは当事者間に争いがないから、右増額請求の当否について判断する。

本件土地賃料が月額三、五四二円に改訂された時期は昭和二六年一〇月であり、その金額は当時としては適正なものであつたことは当事者間に争いがなく、その後右増額請求時までの間に、一般に、地価が高騰し、地代を含む諸物価が上昇を続け、土地に対する公租公課も徐々に増額されたことは公知の事実であり、本件土地の価格、近隣の地代、同土地に対する公租公課もその例外ではないことが推認できる。してみると、右のような経済的事情の変動により、本件土地賃料は前示増額請求当時すでに不相当に低額となつていたことが明らかであるから、右増額請求によつて昭和三二年八月分以降相当額に改訂されたというべきである。

そこで、以下、右相当額について検討する。

まず、右相当額についての原審鑑定人安福市松の鑑定結果、および弁論の全趣旨により真正に成立したことが認められる甲第四号証の鑑定記載は、いずれもその鑑定理由について述べるところがないから採用のかぎりでない。次に、原審鑑定人尾崎康久の鑑定結果、ならびに弁論の全趣旨により真正に成立したことが認められる乙第一号証の鑑定記載は、いわゆる積算方式を基本とし、あるいはこれを重要な資料として右相当額を査定したものであるが、更地価額の評価、積算方式適用の基礎とすべき元本価額の評価方法、同方式による試算結果から右相当額を決定するについて斟酌すべき諸事情の選択およびその価値評価等が異なるため、各結論にはかなりの相違があるけれども、いずれを是とし、いずれを非とすべきかはにわかに決しがたい。ところで、右尾崎の鑑定結果による結論は、被控訴人主張にかかる当時の近隣の賃料額におおむね合致するのであるが、一般に土地賃料は諸般の事情により適宜適正額に改訂されにくい性質があるうえ、積算方式による試算結果から相当賃料額を算出するのに用いられている減額修正率がそれを査定するため斟酌されている諸要因を考慮してもやや大きすぎる感がある。他方、前示乙第一号証の鑑定記載の結論については、近隣の土地賃料が考慮されておらず、被控訴人主張の右近隣の賃料額と比較してさえも均衡を失し、やや高額にすぎるきらいがある。従つて、以上のような諸点を参酌し、右両者のほぼ中間値である月額九、〇〇〇円をもつて前記増額請求により改訂されるべき相当賃料額と認めるのが相当である。なお、原判決別紙第二目録記載(三)の建物のうち中央の一戸(同判決添付図面(5)の部分)および同目録記載(四)の建物のうち東側の一戸(同図面(8)の部分)の各敷地部分については地代家賃統制令の適用があり、前示増額請求時の停止統制額がそれぞれ月額四三六・五円であることは当事者間に争いがないが、この点を考慮しても、本件土地全体の相当賃料に関する右結論を左右するに足りないというべきである。また、控訴人が相当賃料額算定にあたり斟酌すべき事情として主張する事項は、必要の限度で前記鑑定結果、鑑定記載に折り込みずみであることは右鑑定結果、鑑定記載自体に照し明らかである。

そうすると、昭和三二年八月一日以降の本件土地賃料は月額九、〇〇〇円に改訂されたというべきところ、控訴人は、昭和三五年一二月末、控訴人、被控訴人間で右賃料を翌月分から月額六、五〇〇円とする旨の合意が成立したと主張し、原審証人溝口かよ子の証言、原審における控訴人本人尋問の結果中には右主張に沿う部分もあるが、その部分は原審証人高見蔦子の証言、当審における控訴人本人尋問の結果と対比して措信できず、他にその事実を認めるべき証拠がないから、右主張は採用できない。

三  次に、控訴人が被控訴人に対し、昭和三二年八月一日分以降の本件土地賃料を現実に支払わず、原判決別紙「地代供託一覧表」記載のとおりの供託をしたことは当事者間に争いがないが、控訴人主張にかかる賃料の弁済提供ならびに被控訴人による受領拒絶の事実はこれを認めるに足りる的確な証拠はない。従つて、控訴人は右賃料債務不履行の責を免れず、被控訴人は、一回でも賃料の不払があつたときは直ちに本件土地賃貸借契約を解除しうる旨の特約により、特段の事情のないかぎり、昭和三二年九月一日には右賃貸借を解除しうるに至つたといわなければならない。

ところが、控訴人は右解除権の時効消滅を主張するので、この点について判断するに、債務不履行による契約解除権は、その行使の結果たる原状回復債権と同じ一〇年の時効期間により消滅すると解するのが相当であり、前示特段の事情の主張立証はないから、被控訴人の右解除権もそれを行使しえた昭和三二年九月一日から一〇年の経過により消滅すべきはずのものである。しかるに、被控訴人が控訴人に対し、本件訴状の送達により本件土地賃貸借契約解除の意思表示をした日が昭和四三年一月三一日であることは当事者間に争いがないから、その当時、右解除権はすでに時効により消滅していたといわざるをえない。

被控訴人主張の原判決事実摘示にかかる請求原因第三、第四項記載のような被控訴人の増額請求に対する控訴人の対応は、控訴人の前記賃料債務の不履行に背信性があること、換言すれば前示特段の事情の不存在をいうにすぎず、それだけで、またはそれと右不履行とが合して、別個の解除原因をなすものとは解しがたい。

四  ところで、被控訴人は、仮定的に、控訴人が昭和四六年一一月分から昭和四七年四月分までの賃料を支払わなかつたことを理由として、昭和四七年五月一六日の意思表示により本件土地賃貸借契約を解除した旨主張するので、この点について検討する。

まず、被控訴人が昭和四七年五月一六日の原審第一五回口頭弁論期日に同日付準備書面を陳述することにより右意思表示をしたことは本件記録上明らかである。しかし、同記録によれば、被控訴人は、昭和四三年一月末日かぎり本件土地賃貸借契約が解除されたことを前提とし、控訴人に対し、地上建物を収去のうえ右土地を明渡し、同年二月一日以降月額一〇万〇、六八二円の賃料相当損害金の支払を求める本件訴訟が原審に係属中に右意思表示をしたものであることが明白であり、当審証人高見征希子の証言ならびに弁論の全趣旨によると、被控訴人は、前示「地代供託一覧表」記載の供託金の払渡はもちろん、その後控訴人が昭和四六年七月分から同年一〇月分までの本件土地賃料として供託した金二万八、〇〇〇円の払渡も受けていなかつたことが認められ、右事実からすれば、少なくとも右意思表示の当時においては、控訴人が前認定の月額九、〇〇〇円の賃料を提供したとしても、被控訴人においてその受領を拒絶したであろうことが推認される。しかも、成立に争いのない乙第三号証の六によれば、控訴人は、右意思表示の翌々日の昭和四七年五月一八日には昭和四六年一一月分から昭和四七年四月分までの賃料として合計金九万円(一カ月につき金一万五、〇〇〇円)を供託したことが認められ、この事実に弁論の全趣旨を総合すれば、控訴人には月額九、〇〇〇円程度の賃料であれば過去の供託金の不足額をも含めて一括して支払うべき意思と能力があつたものと推認することができる。

そこで、以上のような諸事情に照し考えれば、被控訴人の前記意思表示の時点における控訴人の賃料債務の不履行には背信性がなく、被控訴人との信頼関係を破壊するに足りない特段の事情があつたということができるから、右意思表示による本件土地賃貸借契約解除の効力は生じないというべきである。

もつとも、控訴人の賃料供託については、被控訴人が本件訴訟を提起した後の分についても弁済の提供(少なくとも口頭の提供を要するものと解する。)をしたことの立証がないから、債務弁済の効力を認めることはできない。

五  以上のとおり、被控訴人の本件土地賃貸借契約解除の主張はいずれも理由がないから、被控訴人の本訴請求中、控訴人に対し、原判決別紙第二目録記載の建物を収去のうえ、本件土地の明渡を求める部分、および同土地の不法占有により生じた損害金の支払を求める部分はその余の点を判断するまでもなく失当として排斥を免れない。そして、同請求中、未払賃料の支払を求める部分は、前記仮定的解除の主張があつたことにより昭和三二年八月一日から昭和四七年五月一六日までの本件土地賃料の支払を求める趣旨のものと解すべきところ、前認定の月額九、〇〇〇の割合による右期間中(一七七カ月一六日分)の未払賃料の合計額は金一五九万七、六四五円となる。

ところで、控訴人は昭和三二年八月分から昭和三三年一月分までの賃料のうち、前示「地代供託一覧表」記載の供託額を超える金額、従つて、各月分の賃料内金五、五〇〇円についてのみ民法一六七条一項の消滅時効を援用するが、昭和三三年一月分については、前認定のその弁済期である同月末日から一〇年を経過する以前の昭和四三年一月二三日に本件訴訟が提起されたことは記録上明白であるから、これにより時効は中断されたものというべきである。しかし、昭和三二年八月から一二月までの分については、右訴訟提起当時いずれもその弁済期から一〇年を経過していたものであるところ、被控訴人が中断事由として主張する「請求」は民法一五三条の催告をいうにすぎないことが明らかであるうえ、その後六カ月内に同条所定の手続をとつたことの主張立証がないから、その分の賃料債権は時効により消滅したというべきである。そこで右消滅した賃料債権内金合計金二万七、五〇〇円を前記未払賃料合計額から控除すると、残額は金一五七万〇、一四五円となる。

六  そうすると、被控訴人の本訴請求は、控訴人に対し、昭和三二年八月一日から昭和四七年五月一六日まで月額九、〇〇〇円の本件土地賃料のうち、控訴人の時効の援用により消滅した昭和三二年八月一日から同年一二月末日までの各月金五、五〇〇円ずつの賃料内金合計金二万七、五〇〇円を控除した残額一五七万〇、一四五円の支払を求める部分にかぎり理由があるから認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべきことになる。従つて、これと趣旨を異にする原判決は控訴人の控訴に基づき民訴法三八六条により右の趣旨に変更すべきであるが、被控訴人の附帯控訴は理由がなく、同法三八四条により棄却を免れない。

よつて、訴訟費用の負担につき同法九六条、八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

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